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次の日、バスから降りると誰かに話しかけられた。 「おはよう、秋山さん」 「あ……」 話しかけてきたのは、××さんだった。 ここ最近いつも私と律の会話に入ってきて、理学部の子の言伝を伝えてくる××さんである。 昨日律をカラオケに誘っていたのもこの人だった。いや、昨日のはあのメンバー全員か? 私はこの人に何度も会っているけど、実際に二人だけで話したことはなかった。 名前もお互い知っているのに、呼び合うような仲でもない。 実際私にとって、律以外の誰かを名前で呼び合うような間柄の人は誰もいないのだ。 バス停からは約徒歩五分ほどで大学に到着する。 律はいつも大学のロビーで私を待っていてくれるので、すでに先に行っているだろう。 私は××さんと一緒に、大学までの道のりを歩くことになってしまった。 なぜこの人がバス停で私を待ってくれていたのかわからない。 彼女は私と並んで歩きながら、話題を吹っ掛けてくる。 「……秋山さんは、田井中さんの事どう思ってる?」 「えっ?」 どうしていきなり律の話題が出るんだ。 「ど、どう思ってるって……」 突拍子もない話題。関連性のない話題。 ここ最近毎日律のことで頭や胸が詰まりっぱなしだった私は、余計にその話題が提示されたことに反応してしまった。 ドキッとして、変な声を出してしまう。 それよりも、この人はいつも律のことをりっちゃんと呼んでいたような。 それなのになんで今は田井中さんなんだ? 別にりっちゃんでも律だとわかるのだけど。 私がそのようなことを考えていると、その考えを汲み取ってか彼女は言った。 「……秋山さんは、私たちが田井中さんのことを馴れ馴れしく『りっちゃん』と呼ぶのはあまり快くはないんじゃない?」 言われてみれば、図星だ。 「……そう、ですけど」 「だから秋山さんの前では田井中さんって呼ぶね。 そりゃ彼女は『りっちゃんって呼んでくれ!』って言ってたわけだから私は彼女の前ではそう呼ぶのだけど」 私はそんなこと、言われていないぞ。 でも『りっちゃん』より、『律』と呼び捨ての方が距離が近い感じがして私は好きだった。 もし私と律がもっと幼い時に出会っていたら、律のことをまずはりっちゃんと呼んでいたかもしれない。 それで、段階を踏んで呼び捨てになっただろう。 彼女は楽しそうに話している。 人見知りの激しい私をおいてけぼりにしているのかよくわからない。 でも律の話題は一応、私にだって話せた。 それにしても、私の気持ちを汲み取れるなんてすごい人だと思った。 「質問を戻すわね。秋山さんは、田井中さんをどう思ってるの?」 「……意味が、よくわからないんですけど」 どう思ってるって? それはどういう意味なんだろう。 友達っていう関係の事? 優しい奴だとかかっこいいし美人だとかいう外見的な私の評価? どれをとったって『私が律をどう見ているか』『どう思っているか』の項目にあてはまるだろう。 彼女の意図しているのはどれなんだ。 「そうね曖昧ね……うーん」 「……」 「田井中さんの事、好き?」 直球すぎて、私は頭を殴られたような気がした。 「すっすす好きって……?」 「恋愛感情としての、好きかってことよ?」 「れ、れんあい……」 聞き慣れない単語に、私は狼狽した。 れんあいかんじょう? すき? 私は今まで友達もいなかった。まして恋愛など一度もない。 だから私にそんな気持ちがあったとしても、それが果たして恋愛感情で、相手のことを好きであるという気持ちなのかの判別さえ付かないのだ。 だから彼女の質問だけで、はい、いいえの判断は自分ではできなかった。 「……わかりません」 「ふうん……」 私がそれだけ返すと、彼女は納得したように頷いた。 そして思いついたように人差し指を立てた。 「じゃあいくつか質問するね。それで私が、秋山さんの田井中さんに対する感情が一体何なのか判断してあげる」 なぜそこまでするのだろうか。 時折彼女がとても楽しそうにするのが、まるで私の苦しみみたいなものを楽しんでるかのように思えてちょっとだけ複雑な気持ちだった。 多分彼女に悪気などないのだろうけど……でも、ただでさえ最近律のことで頭が混乱しているのに。 私のそんな思いとは裏腹に、彼女は意気揚々と口を開いた。 「第一問。田井中さん話すのは楽しい」 「……」 「はいかいいえで答えて」 彼女は人差し指――多分第一問という意味――を立てたまま、少しばかり不敵に笑った。 私はといえば第一問目から答えにくくて喉が詰まった。 話すのは楽しい。 それを頭で考えるとなると、簡単に律と会話している自分や光景が頭に浮かんだ。 出会ってからまだ十カ月程度だけど、たくさん話をした。 最初は大変だとか苦手だとか思ってたかもしれないけど、でもいつからか律と話すのは……。 「……はい」 「はいということは、楽しいというわけね」 確認まで取られた。私はすごく恥ずかしかった。 「……念のために言っておくけど、私が秋山さんと話したことは二人だけの秘密ね。 この会話の内容とか、秋山さんの質問の答えなんかも絶対に誰にも言わないから」 彼女はまた私の意志を汲み取った。 私は、自分の『律と話すのは楽しい』という答えが彼女を通していろんな人に伝わってしまうのではないかと一瞬だけ怖くなった。 もしかしたらその怖いという思いが表情に出てしまっていて、彼女はそれを読み取っただけなのかもしれない。 どちらにしても、他言しないというのは安心した。 しかし一体この質問に何の意味があるのだろう。 私の、律に対する感情が何なのか判断する……。 律のことを考えると胸が痛いとか、そういうものの原因がわかった時、私は平静でいられるのかな。 「第二問……の前に、大学に着いちゃったようね」 え? と前を見ると、すでに大学が目の前にあった。 彼女の質問は終わりなのだろうか。それはよかったかもしれないけど、でもこの感情が一体何なのか気にならないわけでもなかった。 だから逃れられたのは安堵する半面、まだ解消しきれていない不安が中途半端に残っている底気味の悪い感覚も胸に渦巻いている。 「秋山さん。昨日、私が田井中さんをカラオケに誘ったの覚えてるわよね」 「……うん」 またしても脈絡のない質問に私はそれしか言えなかった。 彼女はまだ微笑んでいる。 「どう思った? これが第二問よ」 「――」 私は。 律が彼女にカラオケに誘われてて――もちろん二人っきりでではなく、律が大学に入って最初に仲良くなった数人のメンバーで行こうという意味だ。 律が他の誰か数人とカラオケに行かないかと誘われた時、私は……。 律に嫉妬した、ような気もするけど。 わからない。 でも、どうしようもなく不安になって。 律が離れていくような、律は私をどうとも思っていなくて、特別だとも何とも思っていないんじゃないかって。 変に律に対するモヤモヤが強くなった。それが何かもわからないまま。 律に対して、モヤモヤしてたのか。 それとも……。 私は戸惑ったまま返事をする。 「……胸が痛かった」 「――それよ! 聴かせてくれてありがとう」 彼女は何が聴きたかったのかわからないけど、それで満足したようだった。 そして掌を合わせて、謝るような仕草をした。 「昨日は田井中さんをカラオケに誘っちゃってごめんね」 なぜそれを私に謝るのかよくわからない。 「実はね、昨日田井中さんをカラオケに誘って、私はこっそり抜け出して秋山さんと二人でお話しするつもりだったの。 あなたたち二人を見てると、とても楽しいのよ」 私たちを見ていると楽しい? それはどういうことなのだろうか。私はまだ彼女の事を――まだ、というよりこれからも知る必要はないのかもしれないけど…… 一体何が彼女を楽しくさせるのか見当もつかないぐらい知らないのだ。 赤の他人と言っても差支えないぐらい、私と彼女は交流がないのだから。 しかしどういうわけか、彼女は私の反応を楽しんでいるようだった。 本当に彼女はわからない。 さらには、昨日律をカラオケに誘ったのは、『律をカラオケに誘いたかった』からではなくて、『私と二人で話そうと思ったから』らしい。 ますますよくわからなくなってしまった。どうして私と二人で? 交流もあまりないのに。 しかもさっきから私と話したのは律の事じゃないか。 「なんで私と、二人で……?」 「うーん、まあ簡単に言うとね。いつも秋山さんは田井中さんと一緒にいるでしょう? だから、秋山さんに『田井中さんをどう思ってるか』みたいな話が、田井中さんと一緒だとできないのよ。 だから、カラオケに田井中さんを誘ったら、多分あなたは行かなかった……そうなると秋山さんは一人で帰らなきゃならなくなる。 私はその秋山さんが一人の時に、二人で話したかったの」 そこまでして、私と話したいのはわかったけど。 でも、結局二人になって話したのは『律』のことだった。 それがまだ引っかかったままだった。 「でもさすが田井中さんね……まさか断るなんて」 律は、友達のメンバーとカラオケに行くことを断った。 その理由を、澪がいないとつまんないと言ったのだ。 私はそれが、嬉しかったのかもしれない。 でもその嬉しさと同じぐらい、カラオケは断ったくせに理学部の子との食事会は行くのかって怒りみたいなのもでてきて。 それで、律にちょっとだけやつあたって……喧嘩にはならなかったけど、でもいつもより少しだけ気まずくなった。 それがたまらなく嫌でもあった。 「どうして、田井中さんがカラオケを断ったかわかる?」 「……」 もう少しで大学の正面玄関。 それでも、彼女は質問してきた。 これが、最後の質問なのかな。 「私がいないとつまらないって、律は」 「――さすが田井中さんね。つまりそういうことよ」 「えっ?」 「それじゃあ私、友達待たせてるから。それに、私と秋山さんが一緒に玄関に入ったら田井中さんがいい思いしないし」 「えっと、どういう……――」 「それじゃあね。頑張ってね秋山さん」 彼女は手を振って、一足先に玄関に入って行った。 頑張って。 私は、何を頑張ればいいんだろう。 彼女は一体、私に何を頑張ってほしいんだろうか。 私には、まだ何もわからない。 ■ 「おはよ澪」 正面玄関と入っても、別に高校みたいに下駄箱やロッカーがあるわけでもない。 ただ大学の正面の入口というだけだった。 大学の受け付けや、自動販売機もあったりしてちょっとした休憩所も兼ねている。 少し高さのある天井はまるで病院のロビーのようだと律は言っていた。 律は入ってきた私に、いつものように挨拶をしてくれる。 しかし、私はいつも通りではなかった。 さっきまでの××さんとの会話が、尾を引いていたのだ。 それは悪い意味なのか良い意味なのかもわからない。 でも私は確かに、彼女と『律』についての会話をした。 『田井中さんの事、好き?』 『恋愛感情としての、好きかってことよ?』――。 こんな質問が、頭の中を駆け巡っていた。 律の顔を見た途端、またその質問は――私の心が真っ白な空間だとしたら、大きな文字でその真っ白な世界に書き出されたような。 その文字が、思いっきり心に叩きつけられて、それがくっついてとれないような。 そんな質問が、浮かんで。 律の顔を見て。 なんて形容したらいいのかわからないぐらい、顔が熱くなった。 私は律の顔が直視できなくて。 これ以上律を見ていたら、私が爆発しちゃうんじゃないかってぐらい体中がどうしようもないくらいそわそわして、熱くなった。 私は俯いて、顔を見せないように言った。 「……おはよう」 「ん? なんで下向いてんだ?」 お前の顔を見たくないからだよ馬鹿。 見たいよ。そりゃ、律の顔。見てたら楽しいから。 ××さんに答えたように、律と話すのはとても楽しい。 話すためには、顔を見なきゃいけない。 いつも通り、講義大変だなとか課題どうとか、そういう他愛もない話をするためにはやっぱり律と顔を合わせなければいけないよ。 そんなの今まで普通にやってきてたし、そんなの当たり前だった。 だけど今はできなかった。 どうしてかって。 律の顔を見たら。 私は、変になる。 心臓がバクバク鳴って。その音だけで何にも聞こえなくなるぐらい。 私は、おかしい。 おかしいんだ。 律を見たら、私は変になるんだ。 「おい澪ー? 顔あげろよ」 「う、うるさい……とにかく行くぞ」 私は極力律を見ないように、歩きだした。 下を向いているのではなく、右隣に律がいるから、そっちを見ないように左側の方向ばかりを見ながら。 廊下に移り変わっても、私はとにかく律を見ないことだけを注意していた。 「おーい澪。何? 顔に怪我して見られたくないとか?」 いつまでも律は、私が目を合わせてくれないことについて怪しく思っているようだった。 私だって、律と顔を合わせれたらいいだろうけど。 でも、今日の私は途轍もなく変で、もう何を言っちゃうかわからない。 「違う……」 「じゃあなんでこっち見ないんだ? もしかして怒ってたり?」 私が律の何を怒らなきゃいけないんだ。 理学部の子との食事を了承したことか。 思いつくのはそれしかなかった。 結局、私は……そればっかりだ。 やっぱり、行ってほしくないと思ってるんだな私は。 それを言わないのも、逃げだけど。 なんで、行ってほしくないんだ? それは自分の感情なのに、答えが出せない。 律が食事に了解を出した時、なんで私はモヤモヤしたんだよ。 わからない。 わからないよ……。 「澪、昨日からなんかおかしい」 律の顔は見えないまま、律は静かにそう言った。 「……食事会はなんで断らなかったんだとか。昨日から言ってること、よくわかんないとこがあるし。 今日もさっきから、なんか変だしさ」 律の声は、さっきよりも明るくなくて、だんだん細くなっていった。 私たちの足音は、廊下に共鳴している。 少しの沈黙。 痛い沈黙。 私はどうすればいいんだ。 まだ胸の高鳴りが収まらないんだよ。 が。 「こっちを見ろ澪ー!」 律はあろうことか私の肩を掴み、無理やりこちらを向かせたのだ。 ドラマで見た、キスする直前みたいに。 律は私の両肩にそれぞれ手を置いて。 まじまじと私の顔を見た。 「別に変なとこないぞ……?」 律はどうやら、やっぱり私の顔に怪我か何かしたからそっぽを向いていると思ったようだった。 さっき違うって否定しただろ。信じてなかったのかよ。 それよりも。 律の顔が、目の前にある。 目の前に。 綺麗な瞳が、無邪気な顔が。 目の前に。 『田井中さんの事、好き?』 『恋愛感情としての、好きかってことよ?』――。 頭の中で、火花が散った。 やめて。 もう、私を変にしないで。 心臓が跳ね上がったり、顔が熱くなったり。 なんでそんなことになるんだ? 私、どうしちゃんだんだろう。 何にもわからないくらい、体中が熱いよ。 律を見てると、胸が痛いよ。 でも、それと同じくらい胸がいっぱいになって。 一人で帰ったって、夜になっても。 ずっとずっと律の事考えてる。 おかしいんだ。 どうなっちゃったんだ。 律律律律って。 もうずっと律の事ばっかりで。 体がうずうずして、落ち着かなくなったり。 律が、私以外の人と仲良くしてるの見て、怖くなったり。 律のことばっかりで。 私は、律を弾き飛ばした。 勢いよく律を押し飛ばしたから、律は床に尻餅をついてしまう。 私は、もう沸騰してしまいそうな顔を隠すために。 そして、この高鳴りすぎて爆発しそうな心臓を止めるために。 何より私の『変』を止めるために。 駆け出した。 やめて。 もう私を変にしないで。 律は追ってこなかった。 私は初めて、講義をさぼった。 これが、 恋愛感情? ■ 2月10日 くもり どういうわけかよくわからないけど、澪に突き飛ばされた。 澪はすっごく赤い顔をしていて、泣きそうな顔もしていた。 それからどこかに走って行ってしまって、講義には来なかった。 私はよくわからないまま、ずっといつもの席で一人で講義を受けた。 入学して最初のメンバーも、澪はどうしたって聞いてきて。 私はわからないと言った。メンバーは、そっとしておいてくれた。 その日は、いつもより全然講義が頭に入らなかった。 私は澪に、何かしたんだろうか。 やっぱり食事会を断った方がいいんじゃないか。 そう思って××さんにやっぱり断ると言ったら、もう場所を予約しているらしい。 もう私は、私を好きだと言ってくれる子と食事をするしかなかった。 後悔した。その子には、申し訳ないけれど。 澪がそれに怒っているのなら、謝らなきゃいけなかった。 メールしたけど、返事はなかった。電話も出なかった。 寂しかった。 早く気付けよな澪も。 私の気持ちぐらいさあ。 第二部第一話|TOP|次
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落ち着いて、私と律は抱き合うのをやめた。 それでも、私たちは両手を繋いでいた。 互いに見つめあう。 私は律に問うた。 「……友達として、じゃ、ないよな?」 私は律のことを今までずっと好きだった。 いつからその『好き』が、『友情』から『恋愛』に変わったのかは、私自身も分かっていない。 でも、少しずつ少しずつ。 四月に出会ってから少しずつ。 私の律への想いが――『恋』に変わって行ってたんだ。 それに気付いたのが、つい先週だったというだけで。 でも、律は、私とは違う『好き』かもしれない。 キスまでされてそれはあり得ないかもしれないけど、訊いてみたかったのだ。 「そ、それも言うのか? えっと……なんつーか、その…… こ、恋人とか、恋愛感情とか……そういう意味で、好き」 律は頬を人差し指で掻きながら、顔を真っ赤にして言った。 「だ、第一……キスまでしたんだぜ。恋愛感情以外にあるかよ」 律は付け加えるようにそう言ってくれた。 やっぱりそうだった。 「澪はどうなんだよー? まさか言わせといて逃げるのか?」 「わ、私はいいだろ」 「言いなさい!」 気圧されて、私は目を泳がせた。 「私も、……律のこと、恋愛感情という意味で好き……です」 「つまり?」 「……あ、愛して――~~~~あ、もう嫌だ!」 「あーんもうちょっとだったのに」 「わ、私は至って真面目なんだぞ!」 「私も真面目だ」 律の声は、急に涼しくなった。 さっきまで私をからかっていたのに、律の表情はふっと引き締まった。 それでも、いつもの無邪気な笑顔のままで。 「澪のこと、愛してるよ」 律は、白い歯を見せて笑った。 普段は冗談ばかり言って、私をからかうくせに。 こういう時だけ、かっこいいんだよな。 ずるい。反則だ。 そういうの、本当にドキッとするんだぞ。 ドキッとはしたのに、不思議と体中は熱くならなかった。 言ってくれた。 律が、私にその言葉をくれたこと。 それは確かにじわじわと体を痺れさせ、頭も体も、全部律の色に染まる。 だけど、恥ずかしさが上擦ることはなく。 私は律のかっこよさに、その言葉に、恥ずかしさを乗り越えることができると思った。 「私も、律のこと……愛してる」 言い終えてから、恥ずかしさが出てきた。 乗り越えたと思ったのに、いざ言葉にしてみると、それは私にとって恥ずかしくてたまらない言葉だった。 言えたのに、終わってからぶわっと来るような熱さ。 穴があったら入りたい、顔から火が出る。 私のどんな言葉の知識を使っても形容しきれないほど、恥ずかしかった。 律も、顔がさらに真っ赤になっていた。 だけど、多分私の方が真っ赤だったと思う。 私はいつだって、恥ずかしがり屋のまんまだから。 「ぷっ……澪、顔真っ赤ー!」 「そ、それは律もだろっ!」 「わ、私は雪のせいだ」 「……ぷっ」 「――ふふ」 「あははははっ!」 やり取りがおかしくなって、私たちは笑った。 心の中は、すっかり暖かかった。 「……そうだ」 律は、何かを思い出して私の手を離し、鞄に手を入れた。 そこから取り出したのは、綺麗に包装された『何か』だった。 私はそれが一体何なのかわかっていたけど。 驚きと、嬉しさでやっぱり訊き返すしかないのだった。 「……そ、それって」 「わかるだろ? 手作りチョコレートだよっ」 私はまた泣きそうになるけれど、意を決して私も自分の鞄に手を入れた。 ずっと、今日の朝から秘めてたそれ。 渡そう渡そうって、朝から考えてたのに、結局怖くなって。 やっぱり渡すのはやめようって逃げ腰になってた私。 頑張って作ったこれを、渡せないままにすることを選択することは、私にとっても辛かった。 何より、喜んでほしくて作ったんだ。 だから。 「私も、これ……手作り」 律に、チョコレートを突き出した。 いつだったか、確か読んでいた本を見せてと言ってきた律に、似たような格好でそれを渡したんだっけ。 あの時の私は、本を渡すのさえ恥ずかしくって。 だからあんなに大げさに本を渡したりしたのだろう。 あの時と、やっぱり変わらない。 でも、あの時とやっぱり変わってることもある。 渡したい。 その一心から、私はチョコレートを差し出してるんだ。 私たちはチョコを手に持って、相手に差し出したままお互いを見つめている。 「ほら、澪……受け取ってよ」 「律こそ――……はい」 交換した。 律のは中身は見えないけど、私の手の平より少し大きい。 丁寧な包装は、律の家庭的なところもよく出てるなって思った。 律は、私のチョコレートの包みを両手に掴んで笑った。 「帰ってから、ゆっくり開けるぜ」 「……私もそうする」 律からの、チョコレート。 家でなくても、とにかく大切に、慎重に扱いたかった。 律は持っている包みに視線を落とし、残念そうに口を尖らせて唸った。 「あーでも、もったいないなあ……せっかく澪が手作りでくれたのに」 「私も、同じ気持ちだよ。律のチョコレート美味しいだろうけど……でも、食べずにずっと残しておきたいよ」 「それこそもったいないぞ? 大したもんじゃないしさ」 「いや、本当に嬉しいよ……まさか律も、私のこと好きだなんて全然、思わなかったからさ」 本当に思っていなかった。 もしも律も私を好きだったら、好きだったらいいな。 いやでも、あり得ないだろうなって。 そんな風に、完全な片思いだと思ってた。 「馬鹿澪。私が澪を好きにならないわけないだろ?」 律は目を細めた。 「それに、私もさ……澪も私のこと好きなわけないだろうなって、思ってたし」 恥ずかしがって、後頭部を撫でる律。 そんなこと。 「馬鹿律。私が律を好きにならないわけないだろ?」 私は絶対、律に恋する運命だったんだろうなって思う。 どの世界であっても。 雪は、ただゆっくりと落ちて、アスファルトに溶けた。 積もることはなさそうだけど、綺麗だった。 私は律に言った。 「なあ……今日、律の家に泊まっちゃ駄目か?」 四月に出会って、十カ月。 私は何度も律の家に泊まったけれど、今日からは意味が違う気がした。 律の恋人として、泊まることになるんだ。 今までは、友達として泊まった。それも楽しかったのは事実だし、律と一緒にいて楽しくないことなんかない。 でも、いつも律と一緒にいると、なぜか切なくなったり、 律を見ていてドキッとすることもあったり、胸がズキズキすることもあったんだ。 それがなぜかは、今までわからなかった。 わからないまま、ずっと律と一緒にいたんだ。 でも今は、それが恋だと知っている。 律への想いだってことを、私自身が知っているから。 だからそれを悟った今、律の家に泊まってみたいと思った。 友達としてから、恋人として。 あの胸の痛みが何なのか分からない不安も、私は快く受け入れている。 むしろ、そんな痛みやちょっとズキズキするのは、恋だとわからなくて…… それを律へ伝えられないことへの不安の痛みだったと思う。 だから、私は律が好きだと言えてよかった。 律も好きだと言ってくれた。 だから、痛みはない。 「なんで今更そんなこと聞くんだ? いいに決まってんだろ!」 思ったほど、律があっさりと返事をくれて私は一瞬驚いた。 だけど、よくよく考えてみればそうだった。 聞くまでもなかったかな。 両想いだってわかって、チョコレートも交換して、恋人同士になって。 それでも、私たちはあまり変わらないのかもしれない。 ■ 私と律は、手を繋いで噴水の縁に座った。 さっきは距離があったけど、今はすぐ隣でくっ付いて。 「来ないな、あの子」 「……そうだな」 二人で空を見上げながら囁いた。 白い吐息。 私は思い出したように、口を開いた。 「そういえば言ってたよ、あの子」 「何を?」 「『私は田井中さんと付き合う気はありません』、 『秋山さんから田井中さんを奪う気はありません』って」 私は昨日の電話を思い出す。 律のことが好きなら、なぜそんなことを私に言ってみせるのかわからなかった。 「なんだそりゃ。それじゃまるで、私たちの気持ちを知ってたみたいな口ぶりだな」 律がそう言った。 そうなのかもしれない。 その子は私の律への、そして律の私への気持ちを知っていたんじゃないか。 だからあんなことを言って。 そして。 「……もしかしたら、その子、ここにはもう来ないかもしれないな」 私は、そうポツリと漏らしたのだった。 時刻は、四時四十五分。 約束の時間は、もうとっくに過ぎていた。 ポケットの携帯電話が震えた。 「……メールだ」 「あ、私もだ」 律も携帯電話を取りだした。 私たちは顔を見合わせる。 受信ボックスを開くと、そこには奇怪な文字列が並んでいる。 もし知り合いだったらそこには名前が表示されるはずだった。 だけど、このメールは名前じゃなくて直にメールアドレスが表示されている。 ということは。 「知らない人からだ」 「私も」 また視線を合わせる。 私と律はメールを開いた。 そこには、ただ一言だけ書いてあった。 私と律の、それを読み上げる声が揃った。 「お幸せに!」 ■ 2月14日 晴れ 今まで生きてきて一番嬉しかった日だった。 まさか澪と、恋人同士になることができるだなんて。 今でも顔が熱いし、嬉しさを隠すことができない。 嬉しすぎて、字が震える。声を上げたいぐらい嬉しい。 いや実際上げてる。 本当に嬉しい。 澪は、私のことをどうとも思っていないかもしれない。 そう悩んだことは何度もあった。 むしろ、私のことを煩わしく思ってるんじゃないかって。 怖かった日もあったけど。 でも、澪は泣きながら言ってくれたんだ。 私が好きって。 私も泣きそうになって、嬉しくて、キスした。 澪も受け入れてくれて、ずっとそうしてた。 理学部の子は、来なかったけど。 澪の話を聞いたら、私と付き合う気はさらさらなかったと知った。 もしかしたら私と澪をくっつけるきっかけをくれたのかもしれない。 実際食事会に誘われなかったら、私は澪に一歩踏み込もうとは思わなかった。 彼女には、申し訳ないけど感謝してる。 今、この日記を書いているすぐ横に、澪がいる。 恋人になって、初めて一緒に夜を過ごす。 なんだか恥ずかしくて、見つめあっては笑ってみたいなのが繰り返されてる。 でもそれでも幸せだ。すっごく幸せだ。 澪、大好き! 私もだぞ、律 戻|TOP|エピローグ
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新羅の原点 イノセント・アルティメット R 光文明 (5) クリーチャー:オリジン/ルナティック・エンペラー 1000+ H・ソウル ■このクリーチャーを、進化クリーチャーとして扱ってもよい。 ■パワーアタッカー+5000 ■W・ブレイカー 作者:焼き鳥 フレーバーテキスト 評価 光文明にパワーアタッカーはおかしいと思う。 -- 名無しさん (2014-05-23 19 35 09) 名前 コメント
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Zip 概要 解説 概要 日本語:ジップ 業種:服飾業 所在地:デル・ペロ - プロスペリティストリートプロムナード 解説 モデルはGAP 。
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「じゃ、じゃあそこでいいんじゃないか?」 恥ずかしさと高揚を隠すために、私は適当な喫茶店を指差した。 レストランなんかよりも安いだろうし、そもそも私はそんな高級なところなど興味なかったのだ。 律と一緒ならどこでもいい。 なら律の負担も私の負担もない、普通の喫茶店がやっぱり良かった。 落ち着けるのが一番いい。 まあ、律と一緒だとドキドキもするんだけど……。 だけどやっぱり、律の傍にいれば、いつもどこでも安心できるから。 その喫茶店内は、あんまり人がいなかった。 私と律は窓際の方の席を選んで、向かい合って座る。 注文を訊きに来たウェイトレスさんに、私は和風ランチ、律は天ぷら定食を頼んだ。 朝からずっと演奏していたのでお腹がすいているのだろう。 律は運ばれてきた水を何度も飲んでいる。二月の寒い時期なのに氷がたくさん入っていた。 「律、そういえば謝っておきたいことがあったんだ」 「何?」 まだあの日……まだバレンタインデーからは五日しか経っていないけれど、私には一つだけ引っかかっていることがあった。 それを謝りたかったのだけど、タイミングもなかったし、 律と恋人として過ごすようになってからはそれを言うべきか少しばかり迷っていた。 恥ずかしいことでもあったし。 私は先週の出来事を思い出しながら、言った。 「先週さ……私、律を突き飛ばしちゃっただろ」 「ああ、あれ。あったなそんなの」 「あれ、本当ごめん……」 あの後帰っちゃったから、ずっと申し訳ないことをしたと思っていた。 「なんだそんなことか。全然気にしてないよ」 「でも、やっぱり悪いことしたなあって」 「いいよいいよ。あの時の澪、なんか変だったけどな」 確かに変だった。 あの日の朝は、琴吹さんにやたらと律との関係や、恋愛だとかの話をされた。 だからそういう視点で律のことを意識してしまい、胸がドキドキして、 律とまともに目を合わせたら卒倒してしまいそうなぐらい熱を帯びていた。 実際律と目を合わせて、恥ずかしくって、よくわからない何かで胸が一杯になって。 だから突き飛ばして、走ってしまったのだ。 「本当にごめんな」 「いいけどさ。でも、なんか怒らせちゃったかなあって心配だったんだぜ? もしかしたら澪、私が『理学部の子』と食事会行くことにすごく嫉妬してて、私がオーケーしたから怒ったのかなあとか」 「まあそれは……嫉妬してたけど」 あの時は、その食事会に対してモヤモヤする一方で、でもこのモヤモヤがなんなのかわからなかった。 でも、あの日律を突き飛ばして家に帰った時、律への想いが恋愛感情だと悟って、それからそのモヤモヤの正体がわかったのだった。 だから今なら今までのそういう気持ちがわかる。 それが嫉妬で、それが愛で、それが好きだということも。 「で、なんであんなに変だったの?」 さっき自分で回想したのだけど……。 でも、真剣な眼差しに私は気圧され、正直に全部話した。 「実はあの日さ――……」 それまで、律のことを考えると胸が一杯だったけどそれが何かわからなかったことや、琴吹さんと話したこと。 恋愛感情だとわからない悩みとか。 律の顔を見たらもう爆発しそうで、だから突き飛ばして逃げ帰ったことも。 全て語った。 律は、ストローでコップの氷をカラカラ鳴らしながら唸った。 「へえ、いろいろあったんだな……」 「うう……」 「澪ちゃんは恥ずかしくて私を突き飛ばしたのかー」 「か、からかうなよ。マジだったんだぞ」 あの時の気持ちを思い出すだけで、もう顔から火が出そうだ。 私も冷たい水を飲んだ。 律は白い歯を見せるけれど、少しして首の後ろに片手を回した。 「でも、嬉しいよ。そ、そんな風に悩んでくれてて」 「ば、馬鹿律……結構、辛かったんだからな」 「私もだよ。澪に、食事会行ってくれば? って言われた時は結構ショックだったんだぞ?」 私はドキッとした。 それも謝らなきゃいけなかった。 「それも、ごめん。あれ、照れ隠し……面と向かって、行って欲しくないとは言えなかったんだ」 あの時は、恥ずかしいという気持ちより『どうして律に行って欲しくないのだろう』という自問の方に頭が傾いていた気がする。 結局それは、律への恋心に発端する気持ちだった。 律は気にしてない装いで、首を振った。 「うんわかってる。澪はそういうこと、人前じゃあんまり言わないもんな」 「言えたらいいんだけどな。でも、やっぱり、恥ずかしいし」 結局私は恥ずかしがり屋など直っていないのだなと思った。 「いいよ。ってか、澪が恥ずかしがり屋じゃなくなったら困るって」 「な、なんでだよ」 「だってからかえないし、澪じゃないもん」 「……っ」 律は笑った。 私はそれに、何も言い返せなかった。馬鹿と言えば、それでよかったのかもしれない。 でも、私自身も、この恥ずかしがり屋を直そうとは少しも思わなかった。 そうすることは、私と律の出会いのきっかけだったそれを失うことになると思ったからだ。 「……でも、恥ずかしがり屋で、人見知りで」 「?」 私は知らず、囁いていた。 「私が、恥ずかしがり屋じゃなかったら……人見知りじゃなかったら。 一人じゃなかったら……律は、私に話しかけてくれなかったんだよな」 切実に、ただ淡々と。 恥ずかしさも何も捨て去って、そう言った。 ほとんど、独白だった。 私の瞳は、ただ透明な水に浮かぶ氷の、真っ白でひび割れた部分だけを見つめていた。 いや、見つめていたのではなく、『そこがただ視界に入っているだけ』だった。 私は今、何も見ようとはしていない。 見ようとしているのではなくて、目に入ってきているだけ。 私の思考と意志は、まるで雪崩れ込むように湧きあがる言葉と、そしてただ言葉を発したいだけの口に集中していた。 「私がこんな性格じゃなかったら、律と出会えなかったんだ」 出会えなかったかもしれないことを想像した。 それを考えることは、私にとってどんな恐怖よりも果てしない絶望だった。 もし、律に出会えなかったら。 出会っていなかったとしたら、それがどんなに私を苦しめるのかはもう私自身がわかっていることだった。 「だから、私……この性格でよかったよ」 「澪……」 だけど。 ここで、律の顔を見るぐらい私は成長した。 と伝えたくて、私は律の顔を見た。 律は、確かに恥ずかしそうな顔はしていたけれど、でも、嬉しさで泣きそうな。 よくわからない表情をしていた。 でも、口元が少しだけ吊り上っていたので、やっぱりちょっと喜んでくれたのかなと思った。 「律に、会えてよかった」 それを言いたかった。 もう律には、言いたいことだらけなんだ。 でも、その一言には全部詰まってた。 「私も、澪に会えてよかった」 律も目を逸らさなかった。 そのまま続ける律。 「出会えてよかったって気持ちは、これからもずっと同じだ」 「うん……私一生、律のこと好きでいるよ」 律は私の、初めてをなんでも奪って。 初恋も奪った。 でも、これが『最初』じゃなくて、最初で最後なんだなって思った。 私はずっと、律の事好きでい続ける。 「私もだよ。もうずっと、澪のこと好きでいるからな」 それからおかしくなって、笑った。 面と向かって好き好き言えるの、本当に進歩だ。 だから私はいつまでだって律を好きでいる。 無垢なままで。無邪気なままで。 ■ もっと早く出会っていたかった。 だから、もしパラレルワールドってものがあって。 田井中律と秋山澪が、もっと早く出会っている世界があるなら。 十五歳でも十歳でも……とにかく早く出会ってる世界があるなら。 一緒にいられる時間を大事にしてほしい。 私と律は、以前そう思った。 だけど、今の世界に後悔なんてない。 私たちは偶然にして必然に出会ったのだった。 私と律は、確かに出会うべくして出会っただけ。 こうなるのは、きっと運命だったと思う。 だからどんな世界であろうと、時期は違えど私たちは出会っていたんだ。 小学生時代に、出会う世界もあれば。 中学時代に出会う世界もあっただろう。 高校時代に出会う世界も。 そして、ここは、大学時代に出会う世界だっただけなんだって。 律は前まで、もっと早く出会っていたかったと悲しんでた。 でも今の律は、そんなのあまり考えていないようだった。 むしろ一緒にいることを私たちは素直に喜びあえている。 もっと早く出会っていたかったけれど、でも、こうして私たちは出会えてる。 なら、すでに過ぎ去ったことに嘆いていても仕方ないだろう。 『秋山澪』と『田井中律』が、仲良く青春時代を過ごす。 軽音部を作ったり、学園祭でライブしたり。 それは、別の世界の私と律の役目なんじゃないかな。 だから私と律は――この世界の私と律は。 そんな律と澪とは別の人生を楽しんでるんだ。 もっと早く会えなかったことに嘆くより、会えたことに喜んでるんだ。 会えてよかったって、心から思う。 だから、別の世界の律と澪へ。 仲良くやれよ。 私たちも、仲良くやってるよ。 (イノセント・おわり) 戻る
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目の前にいる律と目が合った。 「澪?」 私はじんわりと頬が熱くなるのを感じた。 「な、なんでもない」 私は目を逸らして、ベースのチューニングの続きを始めた。 律の部屋には、もう慣れていた。 もうここは、私のもう一つの家みたいなものになってしまったから。 律と出会った四月に初めて泊まった。 あれは私が寝てしまったから泊まったとは言えないかもしれないけど、 でもあれ以来何十何百と律の家――正確には律のこの下宿に泊まった。 ほとんど私の下宿に帰らないこともあったぐらいだ。 もうここに移り住もうかと考えているぐらいである。 しかし、パパとママにどう律を紹介しようか。 私は床に座ってペグを捻り、チューナーを見ながらそう考えた。 律はと言えばすでにドラムの調整は終わり、立って私を見ていたり、 最近セッションしている楽譜を頭を抱えながら読んだりしていた。 私はチラチラとそれを見る。 私たちは恋人同士になっても変わらない。 そう思ってたけど……。 実際変わったなあと私は思う。 昨日『した』から、やたらと床は散らかっていて、それを見るだけで私は火が出そうなぐらい恥ずかしくなるのだった。 もし友達のままだったらあんなことはしない。 ああやって、布団の中で抱き合って、キスしたり、名前を呼び合って喘ぐようなことはしないだろう。 それをしたってことは、恋人になってるってことだ。 それは嬉しかった。 律に抱きしめてもらえること。 キスしてくれることも。 私の名前をいっぱい呼んでくれるようになったのも。 好きだって言いあえるのも。 本当に嬉しいことだらけ。 まだ夢なんじゃないかって思うぐらいだから。 私は幸せだった。 「おい、澪ー」 「えっ?」 「いつまでチューニングしてんだよー。早くやろうぜ」 「わ、わかった」 私はペグをすぐに捻って終わらせた。 立ちあがってストラップを肩にかける。 律は座って、軽くスネアを叩いたりバスドラのペダルを実際踏んでみたりした。 私もピックでとりあえず音階を弾いてみたりする。 ハイハットの高さを調節する律。 私はその横顔を、やっぱり何度も見てきた気がすると思った。 ふわふわ時間か。 あれにも書いたなあ。律の横顔。 やっぱり、あんまり変わってないかもな。 私は思わず笑った。 「どしたよ澪」 「いや別に」 「なんだよ気になるだろー?」 「律ってかっこいいなあって」 「ちょっやめろよ……は、恥ずかしいだろ」 律は顔を真っ赤にして、口を尖らせた。 可愛い。 もっといじってやりたいところだったけど、さすがにいいかと思った。 律が落ち着いてから、私たちはセッションした。 楽しかった。 終わった後、私たちは駅前に行ってデートした。 デートとはいっても、やっぱりあんまり変わらなかった。 こうやって笑い合いながら駅前のデパートに行くのも何度もあったし、一緒に歩いたりご飯食べたりするのは経験済みだ。 ただ恋人同士なので、名前が『遊びに行く』から『デートに行く』に変わっただけ。 でも、やっぱり気持ちは後者の方が嬉しかった。 人目はばからず手を繋いで、人の往来の中を歩く。 商店街みたいな感じで、それなりに人が多かった。 「お腹すいたなあ」 律がお腹を撫でたので、私は尋ねた。 「そうだな。何か食べるか?」 「よし食べようぜ。えーと、どこかお店ないかな?」 「ってか律、お金あるのか?」 「ないんだよなあーこれが」 「……仕方ないな、私が払うよ。じゃあ喫茶店でいいんじゃないか?」 「澪と食べれるならどこでもいいや」 こいつは本当に……そういうドキッとする言葉を度々言うなよな。 しかも臆面もなく言うもんだからこっちが気圧されるよ。 しかもその笑顔も。 そんなこと言われたらもう私は……。 律と繋いでる手に、ドキドキして汗かいたかもしれない。 現に心臓はずっと高まりっぱなしだ。 それに加えてさっきの一言で、さらに熱が出る。 あーもう。 「じゃ、じゃあそこでいいんじゃないか?」 恥ずかしさと高揚を隠すために、私は適当な喫茶店を指差した。 レストランなんかよりも安いだろうし、そもそも私はそんな高級なところなど興味なかったのだ。 律と一緒ならどこでもいい。 なら律の負担も私の負担もない、普通の喫茶店がやっぱり良かった。 落ち着けるのが一番いい。 まあ、律と一緒だとドキドキするんだけど……。 その喫茶店内は、あんまり人がいなかった。 私と律は窓際の方の席を選んで、向かい合って座る。 注文を訊きに来たウェイトレスさんに、私は和風ランチ、律は天ぷら定食を頼んだ。 朝からずっと演奏していたのでお腹がすいているのだろう。 律は運ばれてきた水を何度も飲んでいる。二月の寒い時期なのに氷がたくさん入っていた。 「律、そういえば謝っておきたいことがあったんだ」 「何?」 まだあの日……まだバレンタインデーからは五日しか経っていないけれど、私には一つだけ引っかかっていることがあった。 それを謝りたかったのだけど、タイミングもなかったし、 律と恋人として過ごすようになってからはそれを言うべきか少しばかり迷っていた。 恥ずかしいことでもあったし。 私は先週の出来事を思い出しながら、言った。 「先週さ……私、律を突き飛ばしちゃっただろ」 「ああ、あれ。あったなそんなの」 「ごめん……」 あの後帰っちゃったから、ずっと申し訳ないことをしたと思っていた。 「なんだそんなことかよ。全然気にしてないよ」 「でも、やっぱり悪いことしたなあって」 「いいよいいよ。あの時の澪、なんか変だったけどな」 確かに変だった。 あの日の朝は、琴吹さんにやたらと律との関係や、恋愛だとかの話をされた。 だからそういう視点で律のことを意識してしまい、胸がドキドキして、 律とまともに目を合わせたら卒倒してしまいそうなぐらい熱を帯びていた。 実際律と目を合わせて、恥ずかしくって、よくわからない何かで胸が一杯になって。 だから突き飛ばして、走ってしまったのだ。 「本当にごめんな」 「いいけどさ。でも、なんか怒らせちゃったかなあって心配だったんだぜ? もしかしたら澪、私が『理学部の子』と食事会行くことにすごく嫉妬してて、私がオーケーしたから怒ったのかなあとか」 「まあそれは……嫉妬してたけど」 あの時は、その食事会に対してモヤモヤする一方で、でもこのモヤモヤがなんなのかわからなかった。 でも、あの日律を突き飛ばして家に帰った時、律への想いが恋愛感情だと悟って、それからそのモヤモヤの正体がわかったのだった。 だから今なら今までのそういう気持ちがわかる。 それが嫉妬で、それが愛で、それが好きだということも。 「で、なんであんなに変だったの?」 さっき自分で回想したのだけど……。 でも、真剣な眼差しに私は気圧され、正直に全部話した。 「実はあの日さ――……」 それまで、律のことを考えると胸が一杯だったけどそれが何かわからなかったことや、琴吹さんと話したこと。 恋愛感情だとわからない悩みとか。 律の顔を見たらもう爆発しそうで、だから突き飛ばして逃げ帰ったことも。 全て語った。 律は、ストローでコップの氷をカラカラ鳴らしながら唸った。 「へえ、いろいろあったんだな……」 「うう……」 「澪ちゃんは恥ずかしくて私を突き飛ばしたのかー」 「か、からかうなよ。マジだったんだぞ」 あの時の気持ちを思い出すだけで、もう顔から火が出そうだ。 私も冷たい水を飲んだ。 律は白い歯を見せるけれど、少しして首の後ろに片手を回した。 「でも、嬉しいよ。そ、そんな風に悩んでくれてて」 「ば、馬鹿律……結構、辛かったんだからな」 「私もだよ。澪に、食事会行ってくれば? って言われた時は結構ショックだったんだぞ?」 私はドキッとした。 それも謝らなきゃいけなかった。 「それも、ごめん。あれ、照れ隠しなんだ」 面と向かって、行って欲しくないとは言えなかったのだ。 あの時、そうやって面と向かってそういうのは……今でもわからないのだけど。 恥ずかしいという気持ちより『どうして律に行って欲しくないのだろう』という自問の方に頭が傾いていた気がする。 結局それは、律への恋心に発端する気持ちだった。 律は気にしてない装いで、首を振った。 「うんわかってる。澪はそういうこと、人前じゃあんまり言わないもんな」 「言えたらいいんだけどな。でも、やっぱり、恥ずかしいし」 結局私は恥ずかしがり屋など直っていないのだなと思った。 「いいよ。ってか、澪が恥ずかしがり屋じゃなくなったら困るって」 「な、なんでだよ」 「だってからかえないし、澪じゃないもん」 「……っ」 律は笑った。 私はそれに、何も言い返せなかった。馬鹿と言えば、それでよかったのかもしれない。 でも、私自身も、この恥ずかしがり屋を直そうとは少しも思わなかった。 そうすることは、私と律の出会いのきっかけだったそれを失うことになると思ったからだ。 「……でも、恥ずかしがり屋で、人見知りで」 「?」 私は知らず、囁いていた。 「私が、恥ずかしがり屋じゃなかったら……人見知りじゃなかったら。 一人じゃなかったら……律は、私に話しかけてくれなかったんだよな」 切実に、ただ淡々と。 恥ずかしさも何も捨て去って、そう言った。 ほとんど、独白だった。 私の瞳は、ただ透明な水に浮かぶ氷の、真っ白でひび割れた部分だけを見つめていた。 いや、見つめていたのではなく、『そこがただ目に入っているだけ』だった。 私は今、何も見ようとはしていない。 見ようとしているのではなくて、目に入ってきているだけ。 私の思考と意志は、まるで雪崩れ込むように湧きあがる言葉と、そしてただ言葉を発したいだけの口に集中していた。 「私がこんな性格じゃなかったら、律と出会えなかったんだ」 出会えなかったかもしれないことを想像した。 それを考えることは、私にとってどんな恐怖よりも果てしない絶望だった。 もし、律に出会えなかったら。 出会っていなかったとしたら、それがどんなに私を苦しめるのかはもう私自身がわかっていることだった。 「だから、私……この性格でよかったよ」 「澪……」 だけど。 ここで、律の顔を見るぐらい私は成長した。 と伝えたくて、私は律の顔を見た。 律は、確かに恥ずかしそうな顔はしていたけれど、でも、嬉しさで泣きそうな。 よくわからない表情をしていた。 でも、口元が少しだけ吊り上っていたので、やっぱりちょっと喜んでくれたのかなと思った。 「律に、会えてよかった」 それを言いたかった。 もう律には、言いたいことだらけなんだ。 でも、その一言には全部詰まってた。 「私も、澪に会えてよかった」 律も目を逸らさなかった。 そのまま続ける律。 「出会えてよかったって気持ちは、これからもずっと同じだ」 「うん……私一生、律のこと好きでいるよ」 律は私の、初めてをなんでも奪って。 初恋も奪った。 でも、これが『最初』じゃなくて、最初で最後なんだなって思った。 私はずっと、律の事好きでい続ける。 「私もだよ。もうずっと、澪のこと好きでいるからな」 それからおかしくなって、笑った。 面と向かって好き好き言えるの、本当に進歩だ。 だから私はいつまでだって律を好きでいる。 無垢なままで。無邪気なままで。 ■ もっと早く出会っていたかった。 だから、もしパラレルワールドってものがあって。 田井中律と秋山澪が、もっと早く出会っている世界があるなら。 十五歳でも十歳でも……とにかく早く出会ってる世界があるなら。 一緒にいられる時間を大事にしてほしい。 私と律は、以前そう思った。 だけど、今の世界に後悔なんてない。 私たちは偶然にして必然に出会ったのだった。 私と律は、確かに出会うべくして出会っただけ。 こうなるのは、きっと運命だったと思う。 だからどんな世界であろうと、時期は違えど私たちは出会っていたんだ。 小学生時代に、出会う世界もあれば。 中学時代に出会う世界もあっただろう。 高校時代に出会う世界も。 そして、ここは、大学時代に出会う世界だっただけなんだって。 律は前まで、もっと早く出会っていたかったと悲しんでた。 でも今の律は、そんなのあまり考えていないようだった。 むしろ一緒にいることを私たちは素直に喜びあえている。 もっと早く出会っていたかったけれど、でも、こうして私たちは出会えてる。 なら、すでに過ぎ去ったことに嘆いていても仕方ないだろう。 『秋山澪』と『田井中律』が、仲良く青春時代を過ごす。 軽音部を作ったり、学園祭でライブしたり。 それは、別の世界の私と律の役目なんじゃないかな。 だから私と律は――この世界の私と律は。 そんな律と澪とは別の人生を楽しんでるんだ。 もっと早く会えなかったことに嘆くより、会えたことに喜んでるんだ。 会えてよかったと、本当に思うよ。 だから、別の世界の律と澪へ。 仲良くやれよ。 私たちも、仲良くやってるよ。 戻|TOP